« 平和のゆくえ | トップページ | 従順ならざる唯一の日本人 »

2013年2月 2日 (土)

いま、なぜ阿弖流為(アテルイ)なのか?

いま、なぜ阿弖流為(アテルイ)なのか?

NHKで、「時代劇」としては珍しい古代史に触れている。

アテルイは東北の雄として、自分たちの住む土地を、

時の権力者である大和朝廷から守ろうと坂上田村麻呂と対決して敗れ、

処刑されてしまう。

学校の授業では、ものの数分、いや数秒で流されてしまうこの戦いを、

あえていまNHKは取り上げる。

それを少し自分なりに深読みしてみた。

 

当然、今現在、東北は震災復興で大変な時期である。

だからこの話しを持ち出した。

というだけではないと思う。

アテルイが生きた時代は、縄文・弥生という自然と共存した時代で、

おおよそ、「大きな権力の支配」などな無い時代であった。

この「大きな権力の支配」と言うのがキーワードなのである。

多少の小競り合いはあったであろうものの、
縄文・弥生時代は、1万年も続いているのである。

同じ頃、ヨーロッパなどでは、権力を求め、目まぐるしく時代が変わっている。

同じように、日本も奈良時代から、目まぐるしく時代が変わっている。

「権力の支配」は、ある意味、自然界との決別を意味し、

「神」ではなく「権力者」にひれ伏すことを要求していくようになる。

 

また、「理不尽なことを理不尽だ」と命をかけて言い放つアテルイは、

いまの日本の国や社会に、まさに大切なメッセージで、

しかも、その「理不尽さ」に命を奪われてしまうのもまた、
今の世の中がリンクしてしまう。

 

私たちが、間違ってはいけないのは、

戦争に勝った者が「正義」で、負けた者が「悪」ではないと言うことだ。

勝者が、都合の良いように吹聴し、また書物を編纂する。

 

このアテルイの話を、「原発反対」に置き換えると、
全く同じようなことがリンクするのではないだろうか?

「アテルイ」

「大きな権力」

「権力者にひれ伏す」

「理不尽」

「理不尽さに命を奪われる」

 

NHKは、日本政府にドラマを通じ、
非常に厳しい意見を突きつけているのではないだろうか?

|

« 平和のゆくえ | トップページ | 従順ならざる唯一の日本人 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/193181/49135112

この記事へのトラックバック一覧です: いま、なぜ阿弖流為(アテルイ)なのか?:

« 平和のゆくえ | トップページ | 従順ならざる唯一の日本人 »