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2011年5月

2011年5月29日 (日)

非日常を楽しむ

普段見慣れた町並みも、昼と夜では見え方が違う。
何をいまさら、当たり前じゃないか。
そう思われるかも知れない。
でも、その当たり前を楽しみたいと思う。

例えば、
普段通っている道が、工事か何かで通行止め。代わりに迂回路をが出来ている。
その迂回路を通るだけで、普段の道を違う角度から見ることが出来る。
ほんの5、6m移動しただけで、普段遠くに有るものが近くに感じ、近くに有ったものが遠くに感じる。
非日常がそこにある。

「見慣れる」とはどういうことなのだろうか。
頭の中の「先入観」と言うフィルターで、単なるシグナルに変えていることなのではないだろうか。
つまり、見慣れたはずの町の一角がさら地になった。そのさら地に何があったのかすぐに判らないと言った経験はないだろうか。
「見慣れる」とはそういう事かも知れない。

「当たり前」を楽しむためのいろんなヒントが日常には溢れている。
先程の「工事の迂回路」もそうだが、もっと身近にもある。
ベランダや庭先。
普段の目の高さを下げてみる。
しゃがんだり、寝そべったり。
時には仰向けになったり。
また、屋上や屋根の上に登ったり。
目の高さを変えるだけで、モノの表情が変わって見える。
その時初めて、
「ようやく見てくれたね」
そう答えてくれているようだ。

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2011年5月27日 (金)

ホタルのご案内

岡山県美作には湯郷温泉があります。
温泉旅館街に川があり、毎年5月下旬から6月中旬にかけて何百というホタルが乱舞します。

旅館「花の宿 にしき園」で案内しています。
今年は例年にくらべ、少し寒いので、おそらく、6月に入ってからで、第2週目くらいが丁度かと思います。
詳細は直接お聞き下さい。
にしき園のHPはこちら
http://www.nisikien.jp/

また、僕が
その旅館紹介や湯郷の町紹介をオリジナル小咄にして書いています。
にしき園HP内の
「ミミちゃんと源さんのお宿案内」
をクリック下さるか、
YouTubeで
僕のペンネーム
「坂本のサルサ」か
「濱田明英」
を検索して頂きましたら「小咄」が出ご覧になれます。

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2011年5月 8日 (日)

そば処、鶴喜さんの灯

祖父の妹であるお祖母さんが亡くなった。
105歳と11ヶ月。
大津市最高齢。
彼女が生きた106年は、日本の歴史上、
最も劇的に進化し、変化を遂げた106年ではないだろうか。
彼女の子供の頃に、
大津の坂本にはまだ電気は無い。
初めて電気が灯ったのは、そば処の鶴喜さん。
明るくて、珍しくて、毎日見に行ったそうだ。
電気が無いのだから、当然のことながら、
テレビも冷蔵庫も洗濯機も無い。
電車も無く、大津の学校まで船で通ったそうだ。
余談だが、祖父の頃は坂本から膳所まで毎日徒歩くしかなかったと聞く。

坂本を離れ、大阪に住んだ頃、
戦火で家を消失し坂本に戻った。
戦争の最中では食料も無いが、
今では溢れている。
それに、
彼女が成人する頃まで、いやもっとかも知れないが、
「薬屋」が無かった。
つまり、今みたいに気軽に薬を飲んだり、
医者にかかることが出来なかったのである。
弱い人は幼くして亡くなる運命にあった状況なのだ。

それから、
電車が走り、
自動車が走り、
テレビが映り、
家電製品があふれ出す。
電話など大変な代物である。
ましてや携帯電話など。

改めてこの106年の変化を思う。
今現在、当たり前の様に便利なものは何も無かったのだ。
でもそれは不自由な暮らしだったのだろうか?
いやむしろ不自由が当たり前で、
便利になればその数だけ、我々若い世代は大切な何かを引き換え失って行った。
そんなことも見ていたのだろう。

鶴喜さんに、初めて電気が灯った。
そんな言葉一つが想い出になる。

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2011年5月 5日 (木)

猪と鹿のお下がり

猪と鹿のお下がり
猪と鹿のお下がり
猪と鹿のお下がり
今日はタケノコ掘り。
2月くらいから猪と鹿に食べられ、掘り返され、見るも無残な天神山。
いつもなら4月半ばには姿を見せるタケノコだが、ここ数年は見ることがない。
GWも終わりに近づいた頃、やられっぱなしの竹もようやく勢いをつけた模様。

くわとスコップで掘りおこす。
タケノコづくしの料理が楽しみである。

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