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2008年10月

2008年10月26日 (日)

雫一つ

雫一つ
雫一つ
雫一つ
霧。
白く。
眼下に霞む景色は別世界に。
雨上がり。
この部屋に時を刻む物はない。
とゆを伝う雫だけが時の流れを教えてくれる。

どれくらいの時間が過ぎたのかわからない。
5分くらいが1時間のように。
いや、
実際は1時間が数秒で過ぎる感覚。
速いのではない。
時が止まるのだ。

寂連法師の歌が不意によぎる。

村雨の
露もまだひぬ
まきの葉に
霧たちのぼる
秋の夕暮れ

にわか雨がひとしきり降りすぎて
その残した露もまだ乾かない真木の葉に
山霧が静かに立ち昇っていきます
秋の夕暮はいかにも寂しいものです

古人は言葉短く、
しかも的確に色彩を表現する。
彼もこのような感覚だったのだろうか。

パソコン、テレビ、携帯・・・
バーチャルな世界を見つめがちな現代。
自然を目を向けることは多くない。
いや、
見ているようで見ていないのかもしれない。
もったいない。
雫一つが美しいのに。

白い霧が、
かすかにゆっくりと動く。
止まった時間が動きだす。
やがて、
夕闇。

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2008年10月18日 (土)

狐の棲む丘は鹿の通り道

狐の棲む丘は鹿の通り道
狐の棲む丘は鹿の通り道
狐の棲む丘は鹿の通り道
松風庵の庭には、小さな丘がある。
築山。
そこには2体の狐が棲んでいる。
私たちが住むはるか昔、この山には通尾神社があった。
祭神は菅原道真公。
天神様。
ゆえに人はこの山を天神山と呼んだ。
主と同じく、彼らお稲荷様も祭られていたらしい。
その後、
祭神とお稲荷様は近くの神社に遷移され、居場所をなくした抜け殻の狐を、祖父がこの築山に祭った。

この築山を少しリフォームしてみた。
素人のガーデニング。
先週にホームセンターで杉苔を購入。
築山に肥料をまき、耕して混ぜ込む。
そして並べていく。
翌朝、鹿の足跡が。
狐の棲む丘は鹿の通り道らしい。
動物が自由に歩き回る。
それに怯える白い狐。
想像するだに笑ってしまう。

ここは素敵な地と思う。
庭や建物ではない。
古人が社を作り、祖父が大切に護った。
古人の心が素敵なのだろう。
それをぞんざいに扱う人には大きな力が働くようだ。
私たち住人も例外ではない。
誰がそう言うのか?
解らない。
でも、庭を掃除するたびに、怯えた狐達がこっそり話しかけてくれるような気がする。

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2008年10月 9日 (木)

手繰り寄せられる記憶

手繰り寄せられる記憶
寒露を過ぐ。
晩秋に入り、一気に秋が深まる。

松風庵早朝。
母親が散歩がてら、栗を拾いにいく。
この時期くらいから、明け方の比叡山の麓辺りは、グッと気温が下がる。
少し厚着をした母が20分程で帰ってくる。
手のひら一杯分の柴栗。
毎日少しずつ。
そして、栗御飯を作る。
これがこの季節の楽しみの一つ。

子供の頃は、家族でよくイガ栗を穫りに行った。
まず、竹を伐ってきて、ナタで先を2つに割く。
そして、割いたところに小枝を挟み紐で結わえる。
父親の作った秘密兵器!!
これでイガ栗の付け根の小枝を挟み、べキッ!!
今にも弾けそうなイガ栗が下に落ちる。
これを足で踏んずけてイガを剥く。
大きな栗が3つ4つ。
次々に父が落とす。
兄と二人で一生懸命に剥く。
そして、
落ちてくるのを見上げてると、
目の下のほっぺに!!!!
泣いた。
思いっきり泣いた。
でも楽しい。
でも泣いた。

遠い記憶。
でも手繰り寄せられる記憶。

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